顎変形症、口腔がんなどの治療や周術期口腔ケアを担う歯科口腔外科
現在の医療では、手術が決まってから入院し、手術を終えて退院するまでの周術期において、口腔ケアが重要とされています。そのため昨今多くの総合病院に歯科や歯科口腔外科が設けられ、淀川キリスト教病院でも2023年(令和5)年11月に歯科口腔外科を開設しました。大西祐一歯科口腔外科部長は、一般の歯科医院では治療が困難な顎変形症や口腔がんなどの手術に携わってきた口腔外科疾患の専門医であり、当院でも周術期における口腔ケアだけでなく、口腔外科手術を幅広く手掛けています。診療を開始して1年を迎える歯科口腔外科の役割について、大西部長と田中有希子歯科衛生士に話を聞きました。
口腔がん全般に対応
当院の歯科口腔外科は常勤医3名、歯科衛生士3名、水・金曜の手術日に外来を担当する非常勤1名が在籍しています。外来では虫歯や歯周病、インプラントといった一般的な歯科治療は行っておらず、一般開業歯科医院での治療が困難な患者さんをご紹介いただき、主に手術による治療を行っています。また周術期の口腔ケアや、他の診療科から院内コンサルテーションを受けて入院患者さんの口腔ケアを担うなどの役割もあります。私は長らく口腔がんを専門としてきました。口腔がんとひと口に言っても舌がん、歯肉がん、頬粘膜がん、口腔底がん、硬口蓋がん、口唇がんなどといった種類に分けられ、当院では耳鼻科、形成外科、そして多職種と連携しながらすべてのがんの治療に対応しています。

歯科口腔外科部長
“様々な口腔外科手術を行い、地域医療に貢献しています。”
日本人の口腔がんの6割近くは舌がんが占め、次いで歯肉がんが多いとされています。口腔がん全般の要因となるのはアルコールとたばこ、あとは入れ歯が擦れる、舌・唇を噛む、辛いものなどの刺激もあげられます。舌は自在に動く臓器なので、刺激を受けやすいため舌がんが多くなるのでしょう。また歯が内側に傾いて生えている方も、舌と歯が擦れやすいため舌がんを発症することがあります。
顎変形症の症例多数
歯並びの治療では一般的に矯正を行いますが、矯正だけでは治らず、顎の骨を動かし骨格から治療しなければならない場合は「顎変形症」と診断されます。顎変形症の治療は手術と矯正を組み合わせて行いますが、通常の歯列矯正と違って保険適用になります。上顎あるいは下顎の後退・前突、下顎の左右の歪みなどを、骨を切ることで治療しますが、顔貌だけでなく正しい噛み合わせに導くことも重要です。手術はすべて口内から行うので、顔に傷が残ることはありません。大阪府下で顎変形症の手術を行っている医療機関は少なく、当院は年間150例ほどの顎矯正手術を行っており、多くの症例を診ている病院と言えるでしょう。顎変形症になる要因の一つとして、遺伝があげられます。また頬杖をつく、舌で下顎を押すなどの癖も、後天的な要因として挙げられます。顎の変形は噛み合わせのずれにも影響するため、高齢になると歯が悪くなります。歯が悪くなると口内細菌が増えて誤嚥性肺炎のリスクが高くなったり、食物を噛めないことで身体機能が低下することも考えられるので、若いうちに治療することをお勧めします。
幅広い口腔疾患を治療

“周術期口腔ケアを行うことで手術後の合併症予防につながります。”
口腔がん、顎変形症のほかにも、さまざまな口腔疾患を治療しています。歯科医院では難しい埋没した親知らずの抜歯や、糖尿病などがあり全身管理をしながら抜歯しなければならない難抜歯。舌や歯肉が白、または赤く変化し、中にはがん化する可能性もある口腔粘膜疾患。歯の神経を抜いた後など、顎の中に膿の袋ができる顎骨嚢胞。転倒などで顎や関節が骨折する顔面外傷など、幅広く対応しています。
骨粗しょう症などの治療に骨吸収抑制剤という薬を使用することがあります。この薬は顎骨壊死が生じるリスクがあるため、薬を処方する前に歯科口腔外科で診る必要があります。このほか義歯のメンテナンス、ぐらぐら動く動揺歯の治療といった、他の診療科からの院内コンサルテーションにも対応しています。
周術期口腔ケアで細菌を抑える
揺歯(歯周病により炎症が起こり、ぐらぐらした歯)の場合、医師が治療することもありますし、歯科衛生士が歯の型取りをしてマウスピースを製作することもあります。特に手術を予定している患者さんは、気管に通す挿管チューブが歯に当たっても歯が抜けないようマウスピースによる処置をすることもあります。手術を受けられる患者さんの周術期口腔機能管理も、私たちの重要な役割です。口腔内の細菌数が多いと、気管内挿管の際に細菌が肺まで移動し誤嚥性肺炎を起こす可能性があります。このほか手術をした傷に細菌が感染したり、抗がん剤治療や放射線治療による口内炎が悪化するリスクがあるため、事前に細菌を減らすようケアしておく必要があります。また全身麻酔から覚める際に無意識に歯を食いしばり、歯を悪くされる方もいるため、手術後も口腔内の状態をチェックしています。
取材日:2024年5月